目標達成のために習慣づけたいことを周囲に宣言することの善し悪し

15-02-24

目標達成のために習慣づけたいことは多くの方があるでしょう。
でもなかなか習慣づけるというのは難しいです。

習慣づける方法のひとつとしてよく言われる周囲に宣言をするということについて考えてみたいと思います。

宣言すれば強制力が働く

ダイエットをしたいと思った時に、方法のひとつとしてランニングをするという方法があります。
しかし、ランニングのように苦しいことこそ習慣づきません。

そこで、周囲にランニングを毎日すると宣言します。

もしもランニングをしなかったら周りから「なんで今日は走ってないの?」と言われてしまいますし、「宣言しておいて続かないなんてかっこ悪い」と思われてしまうかもしれませんから宣言したからには頑張るでしょう。

人間は常に現状を維持しようとするので新しい習慣を身につけようとしても身につかないのです。
そのために、強制力をつかって最初は強制的に行動をとることにより、習慣づけを助けるという意味では効果があると思います。

宣言した時のデメリット

宣言をして強制力をつかい習慣づけられるというのは、ひとつのメリットでしょう。
このメリットは他でもよく言われていることなので、ここではデメリットについて考えてみます。

周囲に宣言をすることで周りからいろいろ言われたり、思われたりするので頑張れるということなのですが、いつまでもそれが続くとは思わないほうがいいと思います。
それは、周囲にとってはランニングが習慣づくか習慣づかないかなんて正直どうでもいいことだからです。
最初は面白そうだと思って見ていてくれますが、そのうち飽きてしまうでしょう。

そうすると、今まではいろいろ言ってくれたり見ていたりしてくれたから頑張ろうと思えたのに、誰も見ていてくれないし、話題にもしてくれないから虚しくなっていくのです。そうなってしまうと続けていくのが辛くなってしまいます。

もうひとつデメリットとして、やりたかったことが義務になってしまう危険性があります。

ダイエットのように健康を維持するため走るというのは義務になってもそれほど問題ではありませんが、これが夢に関わることだった場合は注意してください。

例えば、今までギターが好きで弾いていた人が、あるときギタリストになりたくなったため、「ギタリストになります。そのために毎日練習をします。」と周りに宣言したとします。

最初は毎日練習するから上達もしてきて楽しいかもしれません。

ただ、周りに宣言してしまったからには練習を毎日しなければならないという思いやギタリストにならなければという思いも生まれてくるため、その義務感から練習が楽しいと思えなくなってきてしまい、上達しているけどギターは好きではなくなってきたという状態になってしまうのです。

またあるとき、やっぱりギタリストではなく学校の先生になりたくなったとしても、ギタリストになるという宣言をしてしまったので、今更先生になることはできないと思ってしまうのです。

でも、本来であればギタリストになるのはやめて学校の先生になっていいのです。
周りにはそれは逃げだという人がいますが、逃げではありません。
新たに自分にとって魅力的なものが見つかったらそっちに行くべきなのです。

それを周囲に宣言してしまったから、その夢を自分の中に拘束してしまうことになり、周囲の力も影響してさらなるゴールへ向かう障害として生まれてしまう可能性になるのです。

ですので、本当の自分のゴールについては周囲に言わない方がいいでしょう。

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